「有没有問題?(ユウ・メイ・ユウ・ウェン・ティ)=問題はありますか?」
「没問題(メイ・ウェン・ティ)=問題ありません・大丈夫」
いまでも中国人とは日常的に電話で話しますが、この言葉のやりとりはもう10数年はしていないと思います。
たとえ不安があったり、実際は問題だらけであったとしても、「大丈夫か?」と問われたら、ふたつ返事で「大丈夫!」と答える。それが中国の人々なのです。
それを知らないばかりに、痛い目に遭ったという邦人の企業やビジネスマンは少なくないことでしょう。かつての私も、その一人でした。
1990年代半ば、中国に留学した学生時代の一枚。この国の言葉や文化を理解していたつもりが、ビジネスシーンでは当初は困惑も多々
われわれフィールドフォース(FF社)の軟式球は、すべてメイド・イン・チャイナ。いまでは現地に約30の協力工場がありますが、最初の工場(軟式球製造)が稼働したのは2008年あたりのことでした。私も中国に渡って1年掛かりの準備を経て、担当と冒頭のような最終の会話をして、いざ、大量生産がスタート。
ところが、日本の港に初めて届いた軟式球は、すべてが不良品でした。その数、1万球。どれもこれもが基準値を遥かに超える、大きいサイズだったのです。原因は製造段階にあり、芯の部分に混入するガス濃度が高過ぎたために、ボールが異常に膨らんでしまったのでした。
また信じられないことに、その「高濃度」は機械の故障などの事故ではなく、人為的なものでした。工場の担当者の独り合点で引き起こされたのです。彼の弁明の趣旨はこうでした。
「ガス濃度を上げたほうが、表面の模様が確実にきれいに出る。ボールのサイズが大きいのは気圧の問題で、3、4カ月もすれば自然に基準値に戻るので心配ない」
中国で生産した軟式球は本来、船積み前に外観(写真)、重量、サイズを最終チェックする。だが、最初に日本へ届いた1万球はすべて規格以上の大きさだった
日本のこちらには約束の納期があるというのに…。ただ、彼の行為も「良かれ」と思ってのことで、悪気がなかったのは確かでした(※軟式球の仕組みを含む詳細は、前回のコラム第13回➡こちら)。
不良品となってしまった1万球は、大型のスポーツ専門店のブランド品として受注生産したものでした(OEM)。
「どーすんだよ、『問題ない』って言ったじゃねぇかよ!」
予定通りに納品できなくなった旨を切り出した私を、依頼主のバイヤーはえらい剣幕で怒鳴りつけてから、こう続けました。
「これ(1万球)、オマエのところで何とか補填しろよ!」
当然、そのつもりでした。当時のFF社は創業からまだ間もなく、OEMが業務の柱。ここで責任も放棄すれば信用は完全に地に堕ち、立ち行かなくなることも目に見えていました。
私は即座に手を打ちました。日本国内で代替品の調達に奔走。サプライヤー(納品業者)にも事情を説明して詫びてから、協力を仰ぎました。
また同時進行で、中国の軟式球の工場とも頻繁に連絡を取り合いました。製造段階のガス濃度を仕様通りへと修正させない限り、基準値を超える大きいボール(不良品)がいつまでも造られてしまうからです。そしてその修正をさせるには、理由を正しく理解してもらう必要がありました。
日本での補填業務が最優先。写真のように中国での指導はその後に
本当なら、いますぐにでも中国へ発って現場で説明をしたいところ。しかし、日本のバイヤーへの対処が最優先であったため、私は努めて冷静にまた丁寧に、工場の担当者に電話で説明を繰り返しました。
「あなたたちの工場で生産した軟式球は、日本の港に着いた時点で、すべての基準を満たしていないといけない」「なぜなら、すぐに市場で売られて使われる商品だから」「したがって、製造段階で意図的にガス濃度を上げるのは禁止です」「すべての製造工程で、仕様の数値を守ることが絶対に必要です」…。
バカにならない損失を負いつつも、依頼主の大型専門店へ辛うじて1万球を納めることができました。これをもって私は即座に、中国へ飛びました。
まずは工場の担当者と直接に話をしてから、製造工程をくまなく点検。電話での説明が正しく理解されていることも再確認してから、検品ラインに入りました。船積み前の軟式球を1個1個、確認することを私が自ら始めたのです。
人任せにして不安にかられるよりは、苦労しようとも自分でやってしまいたい、というのが私の性分。これを境に、OEMの軟式球はすべて、船積みの1カ月前から私が中国で最終点検をするようになりました。
軟式球の検品作業は、やってみると非常に骨が折れました。物体の厚さや径などを測定する工業用の器具に「ノギス」(写真上)というものがあります。当初はこれを使った手作業で1個ずつ検品していました。1万個を単位として。
その作業があまりにも捗らないことから、しばらくして独自に検品用の治具(ちぐ=写真下)を開発しました。軟式球の大きさの基準には、最少と最大で2ミリの幅があります。そこで最少サイズの穴(枠)が開いた治具と、最大サイズの枠の治具をそれぞれ作り、この両方を通った軟式球を合格とする。
ちなみに現在は、ボールを通さずに乗せる(ハメる)だけで、サイズの適合・不適合を判別できる第3号の治具が活躍しています(写真下)。
さて、中国の工場のスタッフたちの反応です。私が検品ラインに唐突に立ち入ったことは、結果として「吉」と出ました。もし、日本で同じことをしていたら「オレたちのことを信用できないのか!?」と、現場で不満が渦巻いたのかもしれません。
しかし、そこは中国という異国です。単調で面倒な検品作業を、日本の依頼主のトップが率先して始めたことで、現地の工員たちに変化が見て取れました。自分たちも一生懸命にやらないと! 直接にそういう言葉を聞いたわけではありませんが、ここまで親身にやってくれるなら協力します! そういう好意的な雰囲気や士気の高まりを、作業する彼らから感じられるようになりました。
ものすごく情に深くて厚い――。これも中国人の特長である、という話は第12回のコラムで書きました(➡こちら)。
最初に製造した1万球が、すべて商品にならないと判明したときは、さすがに立腹。怒りも失望も相当でした。ただし、その感情に任せて「テメー! コノヤロー!」という勢いで、異国の工場にブチ切れていたとしたら、関係はその場で終わっていたことでしょう。
私がそうしなかったのは、日本のバイヤーに罵られたことも理由のひとつ。でもそれ以上に、自分の落ち度も強く感じ始めていました。「没問題(=問題ありません)」の一語だけで、相手を過度に信頼した自分にも、非と失敗の責任があるのだ、と。
中国とのビジネスには、職業的懐疑心が必須。この国では相手に依存している限り、思うような結果は絶対に伴わない。他力本願を捨て、主体性をもって自らの責任で事に当たればこそ成功する――。
現場に丸投げではなく、自らリーダーシップをとって管理する。中国ではこれが歓迎される
軟式球の一件で悟りを得て以降、中国の工場ではすべての工程を細かくチェックするようになりました。この国では、それで感謝こそされますが、文句や不満を招いたことはありません。いまでは「FF社と商売をしていくと、工場のレベルが上がる」と言われたりもします。
あの最初の軟式球の製造工場は、当初の幹部がほとんど残っており、目覚ましい成長を遂げています。そういう前向きな協力工場が中国に20以上もあることで、新たなアイデアを次々とモノへと具現できる、FF社の今日があります。
昨年末、当コラムを執筆するにあたり、軟式球の一件と教訓を思い出したことから、2024年の社の年間テーマが決まりました。
『思い立ったら即、行動!』
全3回にわたった、対中国ビジネスの極意はこれで終わります。
(吉村尚記)